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東京高等裁判所 昭和46年(行コ)22号 判決 1974年5月29日

控訴人(被告) 小林正千代

被控訴人(原告) 中村半三

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決中控訴人に関する部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一および第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、左記一および二のとおり付加するほかは、原判決書事実らんに記載された当該関係部分と同じであるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  昭和年三一年六月一二日法律第一四七号によつて地方自治法第二〇四条第二項の規定が追加されたのにともない、同年一二月一日東京都北区条例第一三号によつて東京都北区長等の給料等に関する条例が改正され、その第四条には「区長等に対しては給料および旅費のほか、法律に基き一般職の職員について定められている諸手当を支給する。」と、また、その第五条には「給料および前条に規定する給与の額、支給条件および支給手続は、東京都一般職の職員の例による。……」と規定され、その後同三三年六月二五日同北区条例第一六号をもつて前記第四条が「区長等に対しては、給与および旅費のほか法律に基き、一般職の職員について定められている諸手当を支給し、その額は、東京都有給吏員の例による。………」旨改められ、また、前記第五条を「功労顕著である者に対する加算」に関する規定に改められ、さらに第六条として、「給料、旅費および第四条に規定する給与の支給条件および支給手続は、東京都有給吏員の例による。」との規定が追加された。

(二)  ところで、右改正後の条例第四条に定める区長等に対して支給する「諸手当」中には管理職手当と当然にふくまれるものと解すべきである。すなわち、

(1)  管理職手当は、管理または監督の地位にある職員についてその職務の特殊性にもとづき給料のほかに支給される手当であるが、それは、管理、監督の地位にある職員には労働基準法の定める勤務時間、休けいおよび休日に関する規定が適用されず(労基法第四一条第二号)、したがつて、その勤務の実績を時間だけで測定することはできないという事情が考慮されているのである。管理職手当支給の趣旨が右のとおりだとすると、その支給の適否を考えるうえにおいて一般職の職員と特別職の職員との間に差異があるはずはない。すなわち、特別職の職員は、地方公務員法の適用を受けないだけであつて、一般職の職員と同様、地方公共団体に勤務を提供し、その反対給付として地方自治法第二〇四条以下の規定にもとづいて給料のほか諸手当の支給を受ける地方公務員であることには変りはないのである。特別職の職員の就任について公選または議会の選挙、議決もしくは同意を必要とすることなどは、管理職手当支給の適否を定めるについて何ら本質的な関係はない。

(2)  ところで、特別区の区長は、区議会が都知事の同意を得てこれを選任する特別職であるが、地方公務員としての勤務の本質においては一般職と何んら変りがなく、一般職の職員を指揮監督して特別区固有の事務のほか、法所定の事務(地方自治法第二八一条の三第二項)を管理し執行するのであつて、いわゆる管理職であることはいうまでもないところであり、しかも、前記条例には同条例第四条に定める「諸手当」中からとくに管理職手当を除外する旨の規定も存しない。

以上の諸点から考えると、前記条例第四条に定める「諸手当」中には当然管理職手当もふくまれるものと解すべきであり、したがつて、北区の区長としては右の条例上、他の特別職である助役、収入役と同様、当然に管理職手当の支給を受けることができるものというべきである。

(3)  なお、特別区の区長が一般職の職員の任命権者であるからといつて、このことだけでは管理職手当の支給を否定する理由にはならないのである。

(4)  また、前記条例第四条によれば、区長等に対して支給する諸手当の額は東京都有給吏員の例による旨定められていることは前記のとおりであるから、区長に対して支給する諸手当中にふくまれる管理職手当の額も当然に東京都有給吏員の例によることとなり、容易に特定されるのである。すなわち、右条例の規定によれば、区長に対して支給すべき管理職手当の額は東京都有給吏員の例によるものとされているところ、東京都の一般職の職員に対する管理職手当については、昭和二七年一二月二五日条例第一〇三号によつて改正された東京都職員の給与に関する条例第九条の二および第九条第二項の規定により、給料の特別調整額は、その調整前における給料月額の一〇〇分の二五をこえない範囲内において任命権者が人事委員会の承認を得て定めるものとされており、そして、これらの規定にもとづいて任命権者たる東京都知事がその給料の特別調整額を受ける者の範囲およびその額等を定めるため昭和三二年四月一日訓令甲第一〇号をもつて「給料の特別調整額に関する規程」を設けたのである。そして、同規程第二条によれば、給料の特別調整を行なう職は、別表第一および第二に定めるとおりとし、その額は給料額に別表に定める支給割合を乗じて得た額とする旨規定されており、右別表第一によると、特別区の課長は東京都本庁の課長と、特別区の部長は東京都本庁の部長とそれぞれ同格に格付されているのであるが、職制上特別区の部長の上位職は助役、区長であり、東京都本庁の部長の上位職は局長であるから、北区の区長が少くとも東京都本庁の局長と同格であることは明白である。そして、同表によると、東京都本庁の局長に対するその支給割合は給料月額の一〇〇分の二五と定められているから、結局、北区長に対する管理職手当の額は、東京都本庁の局長と同じ給料月額の一〇〇分の二五ということになり、必然的に特定されるのであつて、この点何んらの疑義もない。

(三)  さらに、北区の区長に対する管理職手当の支給が許されないとするならば、同区長に支給する諸手当をふくむ給与月額は、管理職手当を支給されている同区の特別職である助役、収入役あるいは一般職の職員のそれに比し甚だ均衡を失する結果となり、職員全体の給与体系上極めて不合理である。

以上の次第で、北区の区長に対する管理職手当の支給は法令に根拠を有するものであつて適法かつ妥当というべきである。

二、 証拠の関係<省略>

理由

当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する請求を正当として認容すべきものと判断する。その理由は、左記一ないし三のとおり付加するほかは、原判決書理由らん一および二に説示されたところと同じであるから、これを引用する(ただし、理由二(一)二行目に「同法二八条」とあるのを「同法二八一条」と訂正する。)。

一、成立に争いのない乙第一および第一四号証原審証人新井竹男の証言によると、昭和三一年六月一二日法律第一四七号によつて地方自治法第二〇四条第二項の規定が追加されたのにともない、「東京都北区長等の給料等に関する条例」が、同三一年一二月一日条例第一三号をもつて、また同三三年六月二五日条例第一六号をもつてそれぞれ控訴人主張のとおり改正せられたことが明らかである。

二、そこで、控訴人は、当審において、さらにその主張の理由により前記条例(前記昭和三三年六月二五日改正後、同四三年九月三〇日改正前のもの、以下同じ。)第四条に定める「諸手当」中には管理職手当もふくまれるものと解すべきである旨主張する。しかし、管理職手当支給の趣旨が控訴人主張のとおりであり、また特別区の区長が特別職とはいうものの、地方公務員として一般職職員のうちの管理、監督の地位にあるものと変りがなくても、これらの事由だけから、右条例第四条にいう「諸手当」中には、当然に管理職手当もふくまれるものと即断するわけにはいかないのであつて前記条例第四条にいう「諸手当」中に管理職手当がふくまれるか否かについては、地方自治法第二〇四条および前記条例全体の趣旨、管理職手当の性格ならびにその受給者の範囲および額の決定方法、特別区の区長の地位職責および地方公務員全体の給与基準ないしは給与体系等を総合考慮して決するよりほかはないものというべきところ、このような観点からすると、前記条例第四条にいう「諸手当」中には、前記引用の原判決説示のとおり、管理職手当はふくまれていないものと解するのが相当である。これをさらにふえんするならば、つぎのとおりである。

(一)  まず地方自治法第二〇四条第二項、第一項によれば地方公共団体は、特別職の職員に対しても、管理職手当、時間外勤務手当、宿日直手当その他各種手当を支給することができる旨定められているものの、これら各種手当のうち、具体的にいかなる手当を支給すべきかについては、各手当本来の性格からおのずから制約があるのは当然であるといわなければならない。

ところで、管理職手当は、行政組織内にあるその職制上管理または監督の地位にある職員に対し、その職責の特殊性から、職責の差あるいは勤務時間の差等によつて必要とされる給与額の差を調整して適正に反映させるために、任命権者が所定の機関(例えば人事委員会)の承認等を得て給料とは別個に支給される適正割合の手当(給料の特別調整額)をいうものであるが、特別区の区長は、補助機関たる特別職および一般職の職員の任命権者であり、同区にあつては行政上、最高の指揮監督者としての職責を有するものであつて、同区長については行政上のいわゆる任命権者も、指揮監督者もない(議会による選任、監査、規制は行政組織内のものではない)のであるから、このような職責にある区長に対して前記趣旨の調整をはかるべき管理職手当を支給することは適切ではなく、その職責の重要、困難性にふさわしい一切の給付をふくめた額の給与(地方公務員法第二四条以下参照)を個々具体的に条例をもつて定めて支給されるのが適切であると解されるのであるから、このような点から考えれば、前記条例第四条にいう「諸手当」に管理職手当をふくませることは適切でないものと解するのが相当である。

(二)  また、前記条例第四条に定める諸手当の支給、その額および支給手続等は、同条例によつて東京都有給吏員のそれを準用しているものと解されるところ、当時施行の東京都の「職員の給与に関する条例」第九条の二および第九条第二項によれば、管理または監督の地位にある職員のうちとくに指定する者についてはその特殊性にもとづき給料額の特別調整額(管理職手当)を支給することができ、その受給者の範囲および額は任命権者が人事委員会の承認を得て定める旨規定せられ、さらに同規定にもとづいてその受給者の範囲および額を定めた「給料の特別調整額に関する規程」第二条所定の別表によれば、右受給者の範囲を一般職の職員のうち地方自治法第一五八条所定の組織上本庁の局長に相当する職員以下および特別区の部長に相当する職員以下等と定めて右受給者の範囲から特別職の職員を除外していることが認められるのであり、したがつて、仮りに特別区の区長に対しても管理職手当の支給を認めるとしても、その受給者の指定および額の決定について東京都職員の給与に関する前記の各規定に準じた手続によることを得ないのはもちろんのことであり、また、そうだからといつて、この場合に特別職の職員を除外した前記規程第二条所定の別表第一を直ちに準用するわけにもいかないのである。(この点については、後記(四)においてふれるとおりである。)。そうしてみると、東京都職員の給与に関する前記各規定と対比して考えても、地方公務員として特別職に属し、しかも補助機関たる特別職および一般職の職員の任命権者である特別区の区長に対して、前記北区の条例に定めるような方法で管理職手当の支給を認めるのは、地方公務員全体の給与体系上著しく異例に属することは原判決説示のとおりであり、したがつて、このような観点からも、前記北区条例第四条にいう「諸手当」中には管理職手当はふくまれていないものと解するのが相当である。

(三)  そればかりでなく、北区において区長等に対して給料および諸手当の支給を定めた前記条例が制定公布された昭和三一年一二月一日当時においては、同条例によつて準用されるものと解される東京都の「職員の給与に関する条例」第九条の二および第九条第二項の規定にもとづいて定められるべき職員の給料の特別調整額の支給を受ける者の範囲、その額および支給方法等については何の定めもなかつたのであつて、その後昭和三二年四月一日(東京都)訓令甲第一〇号「給料の特別調整額に関する規程」が制定施行されるにいたつてはじめて同規程によつてこれらの事項が定められたものであり、したがつて、このような経緯から考えると、少くとも前記北区条例制定当時においては、その第四条に定める「諸手当」中に区長等特別職に対する管理職手当までふくましめる趣旨であつたかは甚だ疑問というべく、むしろこの管理職手当についてはその考慮外においたものと解するのが合理的である。

(四)  控訴人は、前記条例第四条の規定にもとづいて区長に対し管理職手当を支給するとした場合でも、その支給すべき額については同条例の規定によつて容易に確定できる旨主張するが、同条例によつて準用されるものと解される東京都の「職員の給与に関する条例」第九条の二および第九条第二項の規定にもとづいて給料の特別調整額の支給を受ける者の範囲および額ならびにその支給方法を定めた「給料の特別調整額に関する規程」第二条所定の別表によれば、前示のとおり、その受給者の範囲を東京都本庁の局長に相当する職員以下および特別区の部長に相当する職員以下等と定め、この受給者の範囲から特別職たる職員を除外していることが明らかであるのにかかわらず、これを控訴人主張のとおり、東京都本庁の部長の上位職が局長であるから、特別区の区長は、東京都本庁の部長と同格の特別区の部長の上位職であり、したがつて、少くとも東京都本庁の局長と同格であるとし、これによつて同区長に対する管理職手当の額が当然に確定されるなどと解するのは、しよせんけん強付会であるとのそしりを免れないから、控訴人の右主張は採用できない。

(五)  また、控訴人は、区長に対する管理職手当の支給が許されないとするならば、区長に支給される諸手当をふくむ給与月額は、他の特別職あるいは一般職の職員のそれに比し甚だ均衡を失する旨主張するが、北区の前記条例第四条に定める「諸手当」中には区長等特別職に対する管理職手当をふくまないものと解すべきことは前記に説示したところから容易に推測できるところであるから、区長に対する右の給与月額を他の特別職である助役、収入役のそれに比しその均衡論を唱えるのは当を得ないし、また、さらに助役、収入役のほか、一般職の職員の給与月額との均合いを考慮する必要があるとするならば、その点については、前記説示のとおり、条例をもつて区長等に対する相応の給与額を定めることによつて解決されるべき問題である(現に、この問題については昭和四三年九月三〇日前記条例の一部改正によつて解決せられたものと思われる。)。そればかりでなく、控訴人の右主張するところは、たんに北区職員間における給与月額の不均衡を指摘するのにとどまり、東京都の特別職の職員、ことに東京都知事のそれとの比かく、さらにはその他の地方公務員全体の給与体系についての配慮等を全く欠くものであるから、いずれにしても控訴人の右主張も採用できない。

三、当審で提出された全証拠によつても前記引用の原判決および前記の認定判断を動かすことはできない。

よつて、被控訴人の控訴人に対する請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条および第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治 上野正秋 唐松寛)

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